2019年「3」の年

和暦(太陰太陽暦)での元日、おめでとうございます㊗

古来の元日は太陽と月と地球が並ぶとき。

🌞-🌑-🌏

すなわち、新月(朔)から新年が始まります。

2017年は「1」の年。
2018年は「2」の年。
2019年は「3」の年。

”本来の自分で生きる” というキーワードのもと、

2017年「1」の年は、スタートした年。

どうなるか全くわからない、でもやりたい、
外から見えようとみえまいと、認められようが認められまいが、
挑戦し始めたこと。

それを受けて、

2018年「2」の年は、2017年でスタートしたことへのリアクション(反射)を得た年。

それは、手ごたえと感じたかもしれないし、落差と感じたかもしれないし、
手放しさせられたかもしれないし、調整を余儀なくされたかもしれない。

理想と現実、男性性と女性性、オフィシャル(社会性)とプライベート、自分と他者など、それらの間に大きな矛盾や葛藤を感じた1年だったかもしれません。

どう在りたいのか、どう生きたいのか、
何度も何度も試されるなかで、自身のバランスポイントを模索する。

それらは、言い替えると、
自分にとって受け入れ難い要素、また、刷り込まれた価値観、盲点に氣づき、それらを統合、調和し、自身をバージョンアップしてきたということです。

「1」と「2」からもたらされた対極の視点を携え、

2019年「3」の年で、2017年に始めた挑戦をより本格的に始動していく。

「1」と「2」の動きがあって初めて「3」は認識できます。

2017年、2018年を振り返ってみると、見えてくるものがあるかもしれません。


もし、

振り返って、今の自分の状況について感情の揺れを感じるときは、
今の自分の状況を『結果』としてみるのでなく、『原因』としてみてみてください。 

私たちは、今の状況や出来事に対して、それを何かの『結果』として捉えます。
それは当たり前のようですが…
それは生まれてから刷り込まれてきたひとつのものの見方です。

思うような『結果』を得られていないと考えるときに、「努力が足りないんだ」「もっと努力しておけばよかった」と思う人は多いはずです。

2017年「1」の年、2018年「2」の年、生きてきた自分がいたから、2019年「3」の年に新たな方向性、在り方が生まれるんです。
2019年「3」の年が、本格始動なんです。

今の時点では、この状況がつらく悲しい絶望的なものかもしれない、これまでの『結果』であるとしか思えないかもしれない。

でも、それを『原因』としてみることで、それを出発点にできるのです。
この出発点『原因』が、後に起こるいろいろな『結果』を生じさせることができるのです。

価値観

美馬 沙侑穂です。
ブログでは、『ソウル』(=見えない体・心) と『体』についての日々思うことなど、思いつくまま綴っていきます。

わたしを大切にするYoga》を始めるにあたり、ヨガスクールで学んでいたことを振り返っていました。
私のヨガの師匠からのお題「価値観」で書いたレポートを改めて読み返してみたところ、拙いながらもその想いは今も変わっていないなぁ・・・と思います。


「価値観とは」

私たちは皆、すべてのこと、ものに対して、その価値を測り、評価、判断をする基準となる価値観を持っています。
有形のもの(食べ物、洋服、身体など)に限らず、無形のもの(感情、思考、出来事、経験など)も常に価値を測り、いい悪いを評価、判断をしています。

私たちは生まれた時、価値観を持っていません。

生きていく上で、出会う人、出来事、経験などにより、徐々に、その人固有の価値観を形成していきます。それが、その人の生き方の基盤となります。
その人が人生で形成し身につけている価値観は、今まで生きるために必要であったことの結果、それぞれの人が懸命に歩んできた唯一無二のその人だけの人生のプロセスの集積とも言え、ひいては価値観=(イコール)自分の世界、とも言えるのではないかと思っています。

すべての人は、境遇も経験も一つとして同じものは無く、魂が生まれてきた目的も異なり、それぞれが自身の価値観を持ち、そして、自身が持つ価値観を通して世界を見ています。

しかし、生きていくということは痛み、苦しみなどの様々な経験を伴い、その摩擦や消耗を避けるために、知らず知らず、他者の価値観や世界に合わせ、また、正しい価値観がある、という幻想を抱くこともあります。

私自身も、否定されたり、痛み、苦しみ、恥を味わったりしているうちに、自身の価値観や自分が見ている世界を疑い、他者の価値観に合わせ、他者の世界で生きようとしていました。
それは、他者に自分のコントロールを預け、自身を消耗し続けることになり、生きる喜びを失うことにつながりました。
また、正しい価値観という幻想は、いつか自分を正しく評価してくれる人に出会うか、そういう状況が起こることを期待し続け、失望し続け、諦めることにつながりました。

自分には自身の価値観があり、他者には他者の価値観がある。

絶対的に正しい価値観というものはない。

という前提をもって、初めて、自分のそして他者の価値観を尊重できることになります。

ヨガでは「良い悪いの判断をしない」という教えがあります。
それは、前述のように、自身の尊い価値観、他者の尊い価値観があり、そして、絶対的な価値観は存在しない、ということを踏まえ、価値観に囚われないための大切な教えだと思います。
私はこの教えを学ぶことで、葛藤がずいぶんと減り、自身の価値観の歪みにも気づけました。そして、委ねる、ということが少しずつできるようになってきたように思います。

改めて、価値観とは、
いい悪いを評価・判断する基準ではなく、

自分の世界、つまり、自分の本質、自分らしく生きることに沿うものを選択するための基準

だと考えます。

価値観とは、自分の世界、
生きるとは、「自分の価値観で生きること」、
それは、「自分の世界を表現していく」
ということだと思います。